邦人記者拘束、日ロの緊張反映か 長期化の恐れも―ロシア
北方領土を初訪問したロシアのプーチン大統領=8月13日、択捉島(AFP時事)
北海道新聞ユジノサハリンスク支局の男性記者拘束はロシアのウクライナ侵攻下、日ロ間の緊張が高まる中で起きた。ロシアで邦人記者が「スパイ事件」で立件されるのは異例で、拘束が長期化する恐れもある。
日本メディアでは侵攻前の2019年12月、共同通信記者が極東ウラジオストクで一時拘束。「軍事能力に関する機密資料を入手しようとした」疑いがかけられたが、聴取後に解放され、事件化に至らなかった。
日ロ関係は22年のウクライナ侵攻を受けて急激に悪化した。プーチン政権は自国に制裁を科す日本を「非友好国」に指定。ウクライナ支援を強める日本を敵視し、今年8月にはプーチン大統領自身が北方領土の択捉島を初訪問するなど、一段と強硬な立場を取るようになった。中国と足並みをそろえて対日批判を展開することも増え、日本への配慮に見切りを付けたとの見方もある。
拘束の狙いは定かではないが、対日けん制の思惑が透ける。連邦保安局(FSB)は、記者が日本の「情報機関」の指示を受け、動員兵や志願兵に関する情報を収集していたと主張。複数の捜査員がホテル一室に突入し、記者を組み伏せて手錠をはめる一部始終を収めた動画を公開しており、日本側への「見せしめ」のようにも映る。
記者の「スパイ事件」を巡っては、23年3月に米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの米国人記者エバン・ゲルシコビッチ氏が、戦車工場がある中部スベルドロフスク州を取材で訪れたことを理由に拘束された。ロシア当局は、同氏が米中央情報局(CIA)の指示で工場の機密情報を収集したと主張。本人は否認したが、裁判で禁錮16年を言い渡された。
ゲルシコビッチ氏は24年8月、ロシアと西側諸国の身柄交換で解放。拘束は1年以上に及び、最終的にプーチン政権の外交カードとして利用される形となった。
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