重要航空遺産に練習機「立飛R―53」など 戦後もう一度大空への夢実現、「情熱の結晶」
戦後に1機のみ製作され、立飛ホールディングス(東京都立川市、村山正道社長)が保管する練習機「立飛R―53」など2機と、その関連資料が、日本航空協会の重要航空遺産に認定され、14日に認定証の贈呈式が行われた。
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重要航空遺産は歴史的、文化的に価値の高い航空機や関連施設などの意義を広く社会に伝え、次の世代に継承していくことが目的。これまでに国立科学博物館が所有する「YS11輸送機量産初号機」や、国内に唯一残る局地戦闘機「紫電改」など14件が認定されている。
立飛R―53は、第2次世界大戦前に前身の旧立川飛行機が製作した練習機と同様の構造を採用し、新立川航空機が製作。1954年8月に初飛行した。敗戦により、日本は45年から7年間、航空機開発が禁止されたが、もう一度この手で大空への夢を実現した「情熱の結晶」と評価された。
宮崎県の航空大学校に練習機として貸し出されるなどした後、2013年の修復作業では、立飛ホールディングスが羽布の張り替えなどをオリジナルの手法で行った。
もう1機は、誰でも容易に安価に空を飛ぶことを目指した「立飛R―HM」。54年に1機のみ製作された。特殊な操縦方式で飛行特性が通常機種と異なり、耐空証明が得られず量産化されなかったが、航空を身近なものにしようとした挑戦は、航空史に残るとした。
同協会の植木義晴会長は、「今回の認定が、先人のように未来に挑戦する気持ちをインスパイアするきっかけになれば」と述べた。
立飛ホールディングスでは16年にも、旧立川飛行機が開発した旧陸軍の「一式双発高等練習機」が重要航空遺産に認定されている。
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