「父さん、元気だったら、電話をください」東日本大震災で音信不通の10日間…遺体が見つかる中、役人が切り開いた命の道 | 政治・経済・投資 | 東洋経済オンライン

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東日本大震災で国土交通省東北地方整備局長として現場の総指揮を執り、後に国土交通事務次官となった徳山日出男氏。その胸の内を本人が語った「ドキュメント・危機のリーダー」(今年4~7月配信)は、多くの方に読んでいただけました。
続編となる「組織論編」では、徳山氏の下で組織がどう動いたのかを、政治・政策アナリストの蔵前勝久氏が関係者の証言から描きます。1回目は、沿岸部への道路を切り開いた「くしの歯作戦」の最前線。家族と連絡が途絶えたまま、救援の道をつないだ現場指揮官の物語です。
電話が、突然、ブツッと切れた。
東北地方整備局の大船渡維持出張所長だった外崎高広は、あの日のことを今も鮮明に覚えている。
2011年3月11日、東日本大震災が発生した。岩手県大船渡市に単身赴任していた外崎には、盛岡市に住む中学3年生の長男がいた。翌12日は土曜日で、長男の卒業式が予定されていた。外崎は盛岡に戻るつもりだった。
しかし、大きな揺れが収まると、現場責任者としての仕事が待っていた。持ち場を離れるわけにはいかない。家族の安否を確認した後、外崎は改めて長男の携帯に電話をかけた。
防災無線から「津波が防潮堤を越えた」とのアナウンスが流れた直後、電話は途切れ、それきりつながらなくなった。
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くらまえ かつひさKatsuhisa Kuramae
1976年、鹿児島県南九州市川辺町生まれ。2000年朝日新聞社入社。政治部記者、論説委員(政治担当)、政治部デスクを歴任し、26年4月独立。著書に『自民党の魔力』(朝日新聞出版)、『日本政治と宗教団体』(共著、朝日新聞出版)、『「言った者勝ち」社会』(共著、朝日新聞出版)、『自壊する官邸』(共著、朝日新聞出版)がある。X(旧ツイッター):https://x.com/k_kuramae、note:https://note.com/katsuhisakuramae
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