[ITmedia ビジネスオンライン] タカラジェンヌ→「宝塚ホテル」支配人に マネジメントに生きた「劇団で培った2つの力」とは?
宝塚大劇場のすぐ隣にある「宝塚ホテル」(兵庫県宝塚市)。1926年(大正15年・昭和元年)の開業から100周年を迎えた老舗ホテルで支配人を務めるのは、かつてタカラジェンヌとして宝塚歌劇団で月組組長を務めた憧花(とうか)ゆりの氏だ。
憧花氏は「ビジネス知識ゼロ」で飛び込んだホテル業界で、慣れない専門用語に戸惑いながらも約300人の組織の中でリーダーシップを発揮してきた。舞台人として極めた経験は、組織でどのように生きているのか。型破りなマネジメント論を聞いた。
憧花ゆりの(とうか・ゆりの) 1998年、宝塚音楽学校入学。2000年、宝塚歌劇団第86期生として入団。月組の実力派娘役として活躍、2016年より月組組長を務める。2018年『エリザベート -愛と死の輪舞-』(皇太后ゾフィー役)東京公演千秋楽をもって退団。2020年、阪急阪神ホテルズ入社、宝塚ホテル支配人に就任。2024年に人材開発部を兼任し、人材育成にも携わる。1981年生まれ。兵庫県出身(以下、筆者撮影)
宝塚「娘役」→ホテル支配人へ転身 「ビジネス知識ゼロ」からスタート
宝塚ホテルは1926年の開業から、ちょうど100周年を迎えた。2020年に宝塚大劇場の西隣へ移転。旧ホテルの建築意匠やシャンデリアを継承し、宝塚歌劇で使用した小道具や台本、舞台写真を飾る「レビュールーム」を新設するなど、顧客体験(CX)の向上に取り組む。
憧花氏は、阪急阪神第一ホテルグループである宝塚ホテル支配人への転身当初は「ビジネスのマナーも、会社でのお金の回り方も全く分からなかった」と打ち明ける。専門用語が分からず、会議の内容すら理解できなかったという。その中でいかにしてパート・アルバイトを含む約300人規模のホテル組織の支配人となったのか――。
もともと憧花氏は2000年、86期生として宝塚歌劇団に入団した。その後は月組の実力派娘役として活躍。2016年から月組組長を務めた。
宝塚歌劇団における「組長」とは、単なる舞台のまとめ役ではない。例えるなら劇団という会社(経営陣)と、約70~80人のタカラジェンヌ(現場)をつなぐ中間管理職のような役割を担う立場だ。
特に憧花氏が率いた月組は、伝統的に「芝居の月組」と称され、個々の高い演技力と緻密なチームワークが求められる組織風土がある。10代の新人(下級生)からベテラン(上級生)まで、個性の強いプロフェッショナル集団を「舞台の成功」という一つの方向へ統率する力が求められた。生放送さながらの舞台裏で、体調不良や急なトラブルなど不測の事態をいち早く察知し、即座にリカバリーの差配をする判断力も同様だ。
開演・終演のあいさつやトラブル時の対応など、組の「顔」としてファンや上層部へ誠実かつ的確にメッセージを届ける発信力も必要となる。
退団後の2020年4月、ホテルが現在の場所に移転開業する直前の2月ごろに「宝塚大劇場のオフィシャルホテルとして、ホテルと大劇場の“架け橋”となる象徴的な存在となって働いてほしい」と声を掛けられ、支配人として白羽の矢が立った。「最初は会議に出ても、何一つ分からない状態。専門用語を一つ一つ『これはどういう意味ですか?』と勉強しながら理解していく毎日でした」 と、当時を振り返る。
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