ダイヤモンド社長ロングインタビュー〈前編〉市販撤退の週刊ダイヤモンドが今度は「紙の雑誌」そのものをやめる理由 | ビジネス | 東洋経済オンライン

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8月27日、ダイヤモンド社は、2027年3月末号をもって経済誌『週刊ダイヤモンド』の紙の雑誌としての発行をやめると明らかにした。2025年3月をもって書店での販売をやめていたため、2段階での撤退戦ということになる。一方、東洋経済新報社は経済誌『週刊東洋経済』の市販を続けており、戦略は大きく異なっている。2019年にいち早くサブスクリプション(定額課金)へのシフトを進めたダイヤモンド社は、経済ジャーナリズム事業についてどのような経営戦略を描いているのか。サブスクへの転換を主導し、4月には社長に就任した麻生祐司氏が東洋経済の取材に真正面から応じた。そのインタビューの模様を前後編に分けてお届けする。

『週刊ダイヤモンド』の創刊は1913年、『週刊東洋経済』の創刊は1895年。長年にわたって、よきライバルだった。写真は1960年代の両誌の表紙(画像:両社のアーカイブより)
――なぜ紙をやめる決断をしたのでしょうか。
誤解がないように、最初に説明しておきたいのは、ダイヤモンド社全体のことです。うちは規模の大きな会社ではありませんが、事業が多岐にわたっており、小さなコングロマリットのようなところがあります。例えばHRソリューション事業室があり、そこでは適性検査などの人材開発・組織開発事業を行っています。そして書籍事業があります。メジャーリーガー級の編集者たちが集まっており、紙の流通をベースとした世界で頑張っているわけです。
「紙をやめる」という判断をしたのは『週刊ダイヤモンド』なので、ご質問への回答はメディア事業、その中でも経済ジャーナリズムに限ったお話になります。
――比率として、いちばん大きいのは書籍事業ですね?
それは間違いありません。ただ20~30年前に遡れば雑誌事業のほうが大きかった時期もあったわけで、それぞれ山あり谷ありです。
「誰に情報を届けるのか」を考え抜いた
話を元に戻すと、2018年の秋に、私が出戻りでロイターからおよそ8年ぶりにダイヤモンド社へ戻ってきたところから始まります。戻ってきてこの会社の内実を知り、そこから改革をしていきました。経済ジャーナリズムの事業変革をしてほしいと言われて戻ってきたので、まず取り組んだのは、「私たちの読者は誰なのか」を明確にすることでした。

麻生祐司(あそう ゆうじ)/1967年6月生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒。ロイター通信(現トムソン・ロイター)→ダイヤモンド社→トムソン・ロイター→ダイヤモンド社という異色の経歴。2018年10月にダイヤモンド社へ復帰後、取締役、常務取締役を経て2026年4月に代表取締役社長に就任(写真:編集部撮影)
経路はデジタルか紙か、手段は動画かテキストかといった議論をするのではなく、自分たちの存在意義について突き詰めました。その結果、当時の現場の幹部たちは経済ジャーナリズムを続けていきたい、と。企業や産業の人たちにとって、時には厳しい、批評的な記事を書いたとしても、基本的には社会にプラスのインパクトを与えたい、ということで一致しました。そうであれば一番いい経路、手段は何か。こう考えた結果、サブスクを伸ばしていくことを決めました。途中は省略しますが、その延長線で今回、紙の『週刊ダイヤモンド』の発行をやめることになりました。
普通の会社であれば何年か待ってから実施するかもしれませんが、うちはスピーディーにやっていく会社です。読者やステークホルダーなどにご迷惑をおかけするところも多々ありますが、決めたことを迅速に進めていきます。
――2018年に「私たちの読者は誰なのか」を明確にすることから始めたとのことですが、この時に読者調査はやりましたか。調査と検討に時間を掛ける会社もあります。
読者に対してそれをやるのは、ちょっと違いますよね。既存の読者が何をやってほしいかを知るより、まずは自分たちが何をやりたいのかを決めなくてはいけない。むしろ私がよく話をしたのは現場です。山口(圭介編集長、当時。現メディア編集局長)など編集部の人間と議論を続けました。
2018年時点では役員として戻ってきたわけではないので、この会社を守ってきた役員や先輩にも話を聞きました。どの人たちをオーディエンスとして設定していくか。これは勝手かもしれませんが、自分たちで決めていったのです。
自分たちが情報を届けたい相手は、現状を変えたい人、いわばチェンジリーダーです。知的好奇心が強い方々に向けて、ビジネスや経済についての最先端の情報を出していこうということです。
――経済報道のサブスクの先例では日本経済新聞があります。
日経の数字は研究しましたが、新聞とは違うのであくまで参考にした程度です。ダイヤモンドには企業・産業取材を担う記者が30人程度しかいないので、規模がまったく違います。全産業をカバーできないので、テーマごとにやっています。
ダイヤモンドは1990年代前半に英エコノミスト誌と提携していて、私はその日本語版をやっていました。あそこの組織にも、それほど多くの記者がいるわけではありません。にもかかわらず、そこから『ロングテール』『フリー』などのベストセラーを執筆したクリス・アンダーソンが出てくるのは、やっぱりテーマを持ってやっているからです。彼は1990年代にインターネットをテーマとした記事を英エコノミスト誌で書いていました。
日経はサブスクの成功事例ではありますが、やり方が違います。他社から学ぶというよりも、ゼロイチで自分たちのやり方を組み立てていきました。
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やまだ としひろToshihiro Yamada
早稲田大学政治経済学部政治学科卒。東洋経済新報社に入り1995年から記者。竹中プランに揺れる金融業界を担当したこともあるが、ほとんどの期間を『週刊東洋経済』の編集者、IT・ネットまわりの現場記者として過ごしてきた。2013年10月からニュース編集長。14年7月から18年11月まで東洋経済オンライン編集長。19年1月から20年9月まで編集局次長週刊東洋経済編集長。20年10月から会社四季報センター長。25年3月から東洋経済総編集長。00年に唯一の著書『稀代の勝負師 孫正義の将来』(東洋経済新報社)を書いたことがある。早く次の作品を書きたい、と構想を練るもののまだ書けないまま。趣味はオーボエ(都民交響楽団所属)。
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