ベルリンの現代芸術家が政治について発言する代わりにキャンパスに描くカオス…東ドイツ崩壊の不条理を機に芸術の道へ | 政治・経済・投資 | 東洋経済オンライン

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「ベルリンの壁」に象徴されるように、共産主義体制の抑圧、分断の歴史と、壁開放、ドイツ統一の歴史が綾をなすベルリンは、政治や自由について考えさせてくれる都市でもある。画家ノルベルト・ビスキー氏(56歳)は、ベルリンの壁、東ドイツ時代の高層アパート、国境警備隊などをモチーフに使った作品で知られる。9月初旬にアトリエを訪ね、芸術や政治に関する考えを聞いた。
ビスキー氏のアトリエは、旧東ベルリンのプレンツラウアーベルク地区にある。入居するレンガ造りの建物は煙突が印象的で、もともとは1885年に創業したビールの醸造所だった。2020年までにイギリスの著名な建築家デイヴィッド・チッパーフィールド氏の構想による改装が終わり、アトリエなどが並ぶ芸術家村になった。
取材の直前に旧東ドイツのザクセン・アンハルト州議会選挙が行われ、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進した。芸術と政治の関係という重いテーマではあるが、まずそのことを話の糸口にすると、次のように率直な答えが返ってきた。
多くの芸術家が政治について語りすぎる
「私は19歳の時、まだ東ドイツ時代だったが、軍から逃走し、軍の施設に数日間投獄された。だから政治において極端なものが何であるか知っている。私はそうした政治における極端なものが良いとは思っていない。極端なものは、暴力などの問題をもたらすからだ。でも(芸術家としてはそういう発言をするのは)私だけかもしれない。両方の極端を良いと考える人がたくさんいる」
「芸術家として私が考えることは政治的には何の役割も果たさない。歴史はいろいろなことを教えてくれる。例えばフランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)、ディエゴ・ベラスケス(1599~1660年)、ギュスターヴ・クールベ(1819~1877年)などの画家は、政治に関わろうとして問題を起こした。彼らは政治的カオスの中で、(芸術と政治という)2つの前線の間に身を置いたために、逃亡し、国を離れねばならなかった。芸術家が自分の発言をとても重要なことと考えるのはまったくばかげている。正反対のことが起きたからだ」
私が取材した州議会選挙前の反AfD集会では、多くの歌手が来て歌ったが、ビスキー氏はこうした形で芸術家が政治的に発言することに否定的だ。
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みよし のりひでNorihide Miyoshi
1959年東京都生まれ。東京大学教養学部卒。1982年読売新聞社入社。バンコク、プノンペン、ベルリン特派員。2022年退社。著書に『ドイツリスク』(2015年山本七平賞特別賞受賞)『メルケルと右傾化するドイツ』『本音化するヨーロッパ』『ウクライナ・ショック 覚醒したヨーロッパの行方』『移民リスク』など。
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