AIが数学の未解決問題を解決しまくる現代に数学者テレンス・タオ氏が提言する「Math 2.0」とは?

AIが数学の未解決問題を次々と解決できるようになる中、著名な数学者のテレンス・タオ氏がAI時代における数学研究の新たな方向性として、「Math 2.0」と題した公開講演をカリフォルニア工科大学で2026年10月9日に行い、その資料を翌10日に自身のブログで公開しました。タオ氏は従来の数学研究を「Math 1.0」と位置付け、AIによって数学の証明が大量に生み出される時代に向けて、研究の目的や評価基準を見直す必要性を説明しています。
Math 2.0 | What's new
https://terrytao.wordpress.com/2026/10/10/math-2-0/
Math 2.0
(PDFファイル)https://teorth.github.io/tao-web/slides/math-2-0-caltech-2026.pdf
タオ氏は従来の数学研究が「証明の希少性」を前提として発展してきたと説明しています。未解決問題の答えを見つけてその正しさを数学的に証明することは極めて難しく、高度な専門知識や長年の研究を必要とする作業でした。そのため、数学界の研究体制や評価制度、研究者への報酬や名声なども、難しい問題を解決することを中心に構築されてきました。
しかし、現代のAIはこの前提を覆しつつあります。例えば、証明支援システムの「Lean」を使えば適切な形式で記述された証明をコンピューターで機械的に検証できるように、AIによる数学の証明には「正しいかどうかを客観的に検証できる」という特徴があります。また、数学研究は物理的な実験を必要としない場合が多く、膨大な数学論文や教科書もデジタル化されていて、AIが学習しやすい環境が整っています。

数学界は「証明の希少性の時代」から「証明の豊富さの時代」へ移行しつつある、とタオ氏。数学はAIの機械学習技術と非常に相性の良い分野となっており、OpenAIやAnthropicなどの大手AI研究機関は数学的な問題解決能力の向上に多大な資源を投入しています。
実際に十分な計算資源と高性能なAIモデルを利用できれば、以前は難しいと考えられていた多くの未解決問題について比較的短時間で解答を得られるようになっています。さらに、AIを操作する人間が必ずしも高度な数学の専門知識を持っている必要はなくなりつつあります。
しかし、タオ氏は「AIが数学のすべてを解決できるようになったわけではない」と強調しています。現在の数学研究の最前線にある問題の大部分は膨大な計算資源を投入しても未解決のままです。また、数学的な問題は無限に存在し、その難しさにも上限はないため、AIが発達しても新たな研究領域は広がり続けるとしています。
by Isaac Newton Institute
さらに、AIの成功例ばかりが報道やSNSで注目されることにも警鐘を鳴らしています。成功した事例だけを見るとAIがあらゆる数学問題を解決しているように錯覚しますが、実際には公表されていない失敗例も多数存在します。タオ氏は「AIの能力を正確に評価するためには、成功例だけでなく失敗例や計算資源の消費量なども含めた透明性の高い評価が必要」と主張し、その取り組みの一例として、AIの数学研究能力を独立した立場から検証する「First Proof」を挙げています。
一方、タオ氏が懸念しているのは、AIが問題の答えを簡単に出せるようになることで、数学研究の本来の価値が失われることです。
タオ氏は数学の未解決問題は数学者にとって単に解決することが目的ではなく、その周辺に広がる数学の世界を探索するための「灯台」でもあると主張しました。未解決問題を解決しようと試行錯誤する過程で新しい理論や手法が生まれることも多く、その成果は最終的な答え以上に価値を持つ場合があります。

しかし、AIが未解決問題の答えだけを短時間で生成すると、こうした発見の機会が失われかねません。さらに、数学的に正しい答えであっても、医療や工学などの現実世界に応用する際には必ずしも適切とは限らず、人間による理解や判断が重要になります。
そこでタオ氏が提唱するのが「Math 2.0」です。Math 2.0では、AIを単に未解決問題を解く道具として使うのではなく、数学的な理解を深め、新しい研究領域を開拓し、数学の知識を現実世界に役立てるために活用します。

具体的には、すでに証明されている定理について、より簡潔で分かりやすい証明を発見したり、証明に必要な条件を詳しく調べたりする研究が挙げられます。また、AIを使って大量の数学論文を整理し、異なる研究成果を結び付けることや、検証済みの数学的知識を再利用できるデータベースを整備することも提案しています。
AIによる大規模な数学研究の例として、タオ氏は「Equational Theories Project」を紹介しています。このプロジェクトでは人間と自動化された証明手法を組み合わせ、普遍代数学に関する2200万件以上の命題の真偽を確定させました。こうした取り組みによって、従来は個別の問題を調べることが中心だった数学研究を、大量のデータから数学全体の特徴や法則を探る研究へと発展させられる可能性があります。また、タオ氏はMath 2.0の方向性として、数学研究の成果を統合した教材の作成や、数学に特化した安全性の高いオープンソースAIモデルの開発なども提示しています。
by IPAM
タオ氏は「Math 2.0を実現する上で最大の障害は技術でも制度的な文化でもなく、想像力である」と述べ、AIが数学の問題を解く能力を高める中、人間とAIが協力することで単に証明の数を増やすだけではない、新しい数学研究の可能性を切り開くべきだと訴えました。
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