【鈴木淳也のPay Attention】なぜSuicaではなく「テッペイ」が必要なのか JR東日本が見据える10年後
10月20日からモバイルSuicaでスタートするteppay(テッペイ)。2027年春にはモバイルPASMOからも利用可能に
既報の通り、JR東日本は10月20日より「teppay(テッペイ)」のサービスを開始する。モバイルSuicaまたはモバイルPASMOから利用可能なコード決済サービスであり、teppay残高を使ってのSuica(PASMO)へのチャージや別のteppayユーザーへの送金が可能だ。
サービス自体はモバイルSuica(またはモバイルPASMO)のアプリからteppayの機能を呼び出す形で利用することになり、必要に応じて1つのアプリ内でモバイルSuicaとteppayの画面を切り替えて使う。
特徴の1つと言えるのが、交通系ICカードでは2万円が上限だった残高が最大で30万円まで拡大されたこと(※注)と、通勤定期券など高額な買い物が行なえるようになったことだ。
※注:30万円を上限にするにはマイナンバーカードによる本人確認が必要
現在公開されている利用ガイドによれば、teppayの操作画面から直接teppay残高を使って定期券購入が可能で、購入した定期券はモバイルSuica側の画面に追加される。プレスリリースや操作ガイドによれば、グリーン券や(えきねっと経由で)各種切符もteppay残高を使って購入が可能となっているが、現時点ではそれらの操作方法がまだ記載されておらず、モバイルSuica側に登録済みのクレジットカードまたはApple Payのような決済手段を選択せよとなっている。このあたりは改めて検証する必要がある。
teppayとモバイルSuicaの関係
teppay投入の狙いとその背景
teppayの投入にまつわる背景と、発表からリリースまでの1年間にどのような作業が行なわれていたのかについては別誌の記事を参考にしてほしい。
シンプルにサービス投入に至る最初のきっかけは「JREポイント経済圏の拡大」「(電子マネーの取扱高を抜いて)盛り上がるコード決済市場への追随」の2点にある。前者については、JREポイントの盛り上げのはずが、なぜか『teppayポイント』という別のポイントプログラムが新たに用意されている。また、後者については、すでにPayPayという最大王者がおり、それ以外のサービスもひしめき合う現状で最後発のteppayがどこまで市場に食い込めるのか、という大きな課題がある。
まず後者だが、JCBのSmart Codeと組むことで大手チェーンをはじめとする多くの小売店でサービス開始当初からteppayを利用可能になったことが大きい。加えて、ネットスターズのStarPay加盟店やトランザクション・メディア・ネットワークス(TMN)での取り扱いもあり、日常使いの場面で使える場所は多い。またJR東日本自身もエキナカを中心とした自社の商業施設での取り扱いを通じて、同社沿線の方々であればさらに活用場面は増えることになる。
また専用設備の不要なQRコードを掲示するタイプ(MPM)の加盟店について、通常は1.9%の決済手数料も1年間無償にするキャンペーンなども展開され、同社自身でも積極的な加盟店開拓を行なっていく方針のようだ。
teppayとSuicaの加盟店網
とはいえ、既存の加盟店数でいえばSuicaを含む交通系電子マネーを使える店舗の方がより多く、中小規模の加盟店開拓においてはPayPayなどの競合サービスの方が加盟店網が広く、しかも個人店に至ってはPayPayのみ対応という店舗も少なくない。結果として、Suica+teppayよりは、例えばSuica+PayPayの方が利用できる店舗が多いということになり、コード決済としてのteppayの利用意義が薄まってしまう。
次に前者の「なぜJREポイントとは異なるteppayポイントが新たに採用されたのか」という点だが、これはおそらく2つの理由で苦肉の策だと考えられる。
今回、モバイルPASMOをteppayに巻き込めたことはJR東日本にとってteppay成功への可能性を広げる僥倖だったと思われるが、一方でteppayにJREポイントの機能を実装してしまうと、首都圏の私鉄連合でそれぞれがPASMOを通じて独自のポイントプログラムを展開している経緯もあり、これらと競合してしまう。そこで、teppayポイントという別のポイントプログラムを用意し、適時提携先のポイントプログラムへの“交換機能”を提供する中間解のようなものを提示したことで、この競合問題を避けたのだと予想する。
teppayポイントは他のポイントプログラムとの交換をある程度前提にしている
2つめの理由だが、Smart Codeでも提携しているJCBのコード決済やプリペイド発行の仕組みが用意されたパッケージをそのまま採用していることが大きいのではないかと推察する。teppayでは残高を使ってオンラインでの決済を可能にする「JCBプリカ」の発行機能が用意されている。
JCBプリカを発行するとカード番号等が用意され、これをオンライン決済で入力することでECやアプリでの決済に利用できる。JCBではコード決済やプリペイドカードなど、こうした仕組みを簡易に導入できるようにパッケージ化してSaaS(Software as a Service)の形態で他社に提供しており、これら機能を必要とする企業は、API連携を行なうことですぐにこれら仕組みを自社のサービスに組み込める。
ちなみに日本国内のApple PayにおけるQUICPay連携もこの仕組みを通じて提供しており、クレジットカードをApple Payに登録するとQUICPayに紐付くカード会社が多かった理由はこの導入の簡易さによる。
JCBプリカの発行例。2025年11月開催の説明会にて撮影
25年11月の発表時には、teppayは(モックアップの)まだ中身が何もできていなかった。タイトな開発期間ではある。ただし、(現場が開発スケジュールで忙殺されているのはさておき)品質やスケジュール面である程度内部的な目処があらかじめ立っているようには見える。それがJCBの提供する金融パッケージを積極活用したサービスの構築であり、結果としてJR東日本側で考慮すべき箇所はかなり削減されることになる。
個人的な感想だが、さまざまな苦難がありながらteppayは非常によく考えられたサービスであり、特に2025年末時点で4,000万と言われるモバイルSuicaユーザーをそのまま自然な形でteppayに誘導できる部分は見事だと評価している。
前払い式支払い手段という現金への払い出しができないという難点がある一方で、基本機能であるteppayユーザー間での送金は誰でもすぐに利用可能というメリットがあり、利用開始のハードルが極めて低い。これは資金移動業者として登録して本格的な金融サービス提供を目指す他のコード決済事業者にはない(できない)特徴だ。
誰でもすぐに利用できる送金機能
送金とチャージ機能の関係。一方通行の部分が多いが、これがサービス利用開始のハードルの低さにつながっている
センターサーバー化とteppayの未来
最後発のコード決済サービスとしては考え得る限りのベストを尽くしたと思われるteppayだが、一方で今後10年を考えると、どのようにシステムをモダン化していくのか、またteppayの存在そのものをJR東日本がどう扱っていくのか気になるところだ。
気になっているのは、前段で解説したように今回のteppayではJCBの金融パッケージが随所で使われているとみられ、割とJCBの仕組みにべったりとなっている部分だ。過去にJR東日本の役員に「なぜクレジットカードでのチャージを通常のSuicaに開放しないのか」と質問したことがあるが、その回答が「クレジットカードを一律に解禁すると、個別の手数料交渉が困難な国外発行のカードがそのまま持ち込まれてしまう」というものだった。
実際、国外発行のクレジットカードではインターチェンジフィー(IRF)が非常に高額なものがあり、それらをそのまま通すとカード加盟店であるJR東日本の持ち出し分が一般的な加盟店手数料を超過してしまうケースがある。おそらくは1%台のかなり低い水準で抑えられているJR東日本の加盟店手数料だが、これくらい手数料率の扱いにシビアな会社にもかかわらず、割高になりがちな(JCBなど)他社のサービスを積極的に受け入れてもサービス構築を優先した点で、「Suica Renaissance」による金融事業のテコ入れを行った同社の力の入れようが分かる。
他方で、これをビジネスとして成立させるにはより多くの顧客とトランザクションを得なければならず、そのあたりの苦慮もうかがえる。
もう1つ、筆者がteppayの将来について気にしているのは「10年後をどう見据えているのか」という部分だ。先日、「Suica Renaissance 第5弾」として全Suicaエリアの統合とJR東日本管轄の全駅でのSuica対応が発表されたが、ここで触れられている「2030年代半ばに新たな改札方式『スマホ改札(仮称)』」というのが、おそらくSuica Renaissanceの最終形態にあたる部分だと思われる。手持ちのスマートフォンを使ってどの駅でも自分で改札の入場と出場処理を行なえるというものだが、これの最大のポイントは「センターサーバー方式」で実現されているという点だ。JR東日本に確認したところ、この「スマホ改札(仮称)」はSF(残高)やチケット情報がすべてセンターサーバー側で管理されたうえで実現されるもので、つまりSuicaのIC内に保持された残高情報を参照するのではなく、センターサーバー側で一律管理され、それを入出場時に利用するものだという。ローカル処理が基本だったSuicaだが、この2030年代半ばの時点で集中管理方式へと移行することを意味する。
Suica Renaissance 第1弾の時点で触れられていた、2030年代半ばでの「センターサーバー方式」への移行
センターサーバー方式への移行というとQRコード切符や前述のSuicaエリア統合などがすぐに浮かぶが、その最大の恩恵は「SuicaのID化」にある。残高や“ID”に紐付いた情報がセンターサーバー側で一律管理されるため、これまで“Suicaのカード”に頼っていた改札通過や小売店での買い物が、“ID”で代用されるようになる。“ID”では残高がすべて管理されるほか、この“ID”に紐付けることでさまざまな手段が“Suica”として利用できるようになる。
具体的には、顔情報などの生体情報を登録すれば顔認証で改札を通過したり買い物ができるし、現在JR東日本が鋭意開発しているUWB改札のようなものもセンターサーバー方式で残高を管理することでどこでも利用できる。
これがさらに発展すれば、例えばある駅での入場時は顔認証で改札を通過し、別の駅ではスマートフォンのUWBや“Suicaのカード”で通過といった組み合わせも可能になると思われる。残高と各種認証情報に紐付いた“ID”はセンターサーバー側で管理されているからこそ可能な仕組みだ。さらに残高情報がセンターサーバーで管理されることで、これまでローカル処理依存だったSuicaが逐次オンラインでトランザクションを処理されるようになり、セキュリティが大幅に向上する。この仕組みであれば2万円の上限もなくなるほか、いわゆるクレジットカードのような“あと払い”の仕組みを導入することも可能だ。
つまり、Suica Renaissanceとは「Suica」の存在そのものを書き換えるのが目的であり、Suicaペンギンのようなマスコットキャラクターの引退と新キャラクターの選定は、おそらくは約10年後のSuica Renaissanceの完成形に向けてキャラクターを利用者とともに育てていくことが狙いなのではないかと予想する。
長岡駅の新幹線改札で行なわれていた顔認証ゲートの実証実験
高輪ゲートウェイで行なわれていたUWB改札機のデモンストレーション
新宿駅に君臨した間もなく引退のSuicaペンギン
そこで話を戻すと、このSuica Renaissanceがひとまずの完成を見る10年後にteppayはどうなるのか。teppayで実現されていた「2万円を超える残高」「支払い手段の多様化」はセンターサーバー化の中でも実現されるもので、現状のままでは“Suica”刷新までのつなぎでしかないようにも見えてくる。
teppay自体を進化させて“Suica”の最終形に組み込むのか、あるいはあくまでつなぎとして次第にフェードアウトさせるのか、このあたりも気になるポイントだ。
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