「どうにもできないなら最後は俺が払う」震災で棺おけまで調達した伝説の国交次官…組織の板挟みで部下が迫られた決断 | 政治・経済・投資 | 東洋経済オンライン

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東日本大震災で国土交通省東北地方整備局長として現場の総指揮を執り、のちに国土交通事務次官となった徳山日出男氏。その胸の内を本人が語った「ドキュメント・危機のリーダー」(今年4~7月配信)は、多くの方に読んでいただきました。
続編となる「組織論編」では、徳山氏の下で組織がどう動いたのかを、政治・政策アナリストの蔵前勝久氏が関係者の証言から描きます。3回目は、棺おけから生理用品まで被災地のあらゆる要望に応え、最後はその幕引きまで担った部下たちの物語です。
「こんなんじゃダメだ」
東日本大震災の発生から10日ほど経った2011年3月22日。国土交通省東北地方整備局の局長(当時)、徳山日出男は、企画部長の川嶋直樹が差し出した文面を一読して言った。
徳山は、東日本大震災で沿岸部への道路を切り開いた「くしの歯作戦」を指揮し、のちに国交省の事務方トップである事務次官に上り詰めた。「伝説の次官」とも呼ばれる人物だ。
前日の21日、徳山は川嶋に命じ、どんな依頼でも引き受けるから何でも要望してほしい、という趣旨の文書を被災自治体に送らせていた。徳山の名前で送ったが、遠慮してか、依頼はほとんど来なかった。
「どんなお手紙を書いたんだよ?」
不思議に思って尋ねた徳山に、川嶋が「普通にこう書きましたよ」と見せたのが、その文面だった。

徳山日出男(とくやま・ひでお)/1979年東京大学工学部土木工学科卒業、建設省入省。2008年国土交通省道路局企画課長。11年1月同東北地方整備局長、東日本大震災で現場対応を指揮。13年同道路局長、14年同技監、15年同事務次官。電通執行役員社長補佐、政策研究大学院大学客員教授を経て、国土技術研究センター理事長(撮影:今井康一)
徳山は自ら文面を手書きし、川嶋に渡した。そこには、ある市長に「棺桶でも大丈夫ですよ」と伝えたやり取りや、大畠章宏・国土交通相(当時)から「国土交通省の枠を超えて政府代表の局として対応せよ」と言われていることが記されていた。
川嶋は「これは公文書っぽくないよなあ」と思いながら、パソコンで打ち込んでいた。
そこへ徳山がやってきて「紙をよこせ」と言い、文書の最後に、手書きで2行を付け足した。
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くらまえ かつひさKatsuhisa Kuramae
1976年、鹿児島県南九州市川辺町生まれ。2000年朝日新聞社入社。政治部記者、論説委員(政治担当)、政治部デスクを歴任し、26年4月独立。著書に『自民党の魔力』(朝日新聞出版)、『日本政治と宗教団体』(共著、朝日新聞出版)、『「言った者勝ち」社会』(共著、朝日新聞出版)、『自壊する官邸』(共著、朝日新聞出版)がある。X(旧ツイッター):https://x.com/k_kuramae、note:https://note.com/katsuhisakuramae
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