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Friday, October 9, 2026

[ITmedia エグゼクティブ] 「薬機法申請の添削AI」を現場が作った――ライオンが100人のAI開発者を育てて見えた「民主化」の分岐点

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著者 京部康男 京部康男

[ITmedia]

ライオン株式会社 執行役員 全社デジタル戦略担当 中林紀彦氏

 医薬品医療機器等法(薬機法)の申請書類を提出前にチェックし、修正点を指摘する「申請書類の添削AI」。ライオンでこのAIエージェントを作ったのは、IT部門ではなく申請業務を担う現場の社員だ。同社は全社向けチャットの内製から、ローコード基盤での約100人の現場開発者育成へと進んだ。ツールを配るのではなく、一人一人の業務改革を全社のBPR(業務改革)につなげる設計が講演の軸だった。

 「添削AI」の仕組みはこうだ。申請者が書類を渡すと、ガイドラインに則っているか、よくある抜け漏れはないか、校正上の修正点はないかを見て、直すべき点を一覧にして返す。申請者側が事前に使うため、審査する担当者は本来見るべき中身に集中でき、リードタイムも短くなったという。

 消費者調査の自由記述を集計してレポートにまとめるエージェントなど、非IT部門が自分の課題から作った例は他にも増えている。

 こうした事例を2026年8月の「ガートナー デジタル・ワークプレース サミット 2026」で披露したのが、ライオン株式会社(以下、ライオン)の中林紀彦氏(執行役員 全社デジタル戦略担当)だ。情報システム部門とDX推進部門を融合したデジタル戦略部を率い、筑波大学大学院の客員教授、データサイエンティスト協会の理事も務める。

 講演で同氏が話したのは、生成AIをどう導入したかではない。ただ導入するのではなく、いかに効果を出す仕組みを作るか、という話だった。

週3万5000回のチャットが、IT部門を律速にした

 1891年創業のライオンは、歯みがきや洗濯、手洗いといった習慣を生活に定着させてきた会社だ。中期経営戦略「Vision2030」の現在の2nd STAGE(2025~2027年)は「収益力の強靭化」をテーマとし、生成AI活用のゴールもここにある。まだ道半ばとしながらも、損益計算書や貸借対照表に数字で残る取り組みにしたい、と中林氏は言う。

 代表取締役兼社長執行役員の竹森征之氏も、日本企業が世界で再び競争力を取り戻すために生成AIの活用浸透を必ず実現させる、と社内に示しているという。

 出発点は、汎用プロダクトがまだ成熟していなかった2023年5月に内製した全社向けサービス「LION AI Chat」だった。機密情報を安全に扱えるよう社内のセキュアなクラウド環境に置き、社給PCのブラウザから登録なしで全社員が使える形にした。内製チームを持っていたことが、その後のモデル変更や機能追加の速さにつながった、と同氏は振り返る。

 利用回数は直近で週3万5000回を超えた。同氏が重視するのは水準そのものより上がり続けていることで、モデル更新や用途別AIアプリ、エージェント機能の追加を重ね、導入して横ばいになる形を避けてきたという。

 一方で、汎用チャットだけでは大きな成果につながらなかった。研究開発部門を中心に「自分たちのデータで、こういうソリューションを作りたい」という相談が増え、受けるデジタル戦略部の工数が急増した。活用の律速がIT部門側に移った、と同氏は当時を説明する。

Difyを「配る」のではなく、業務を変えられる人を育てる

 そこで2024年夏、ローコードの生成AIアプリ開発基盤「Dify」を導入した。業務特化のAIエージェントを組めること、Amazon Web Services(AWS)のセキュアな環境でセルフホストできること、開発の難度が低く非IT部門でも扱いやすいことが決め手になったという。完成したツールはMicrosoft TeamsやSharePoint、LION AI Chatからも使える。

 ただし、ツールを配るだけでは結果は出ない、と中林氏は繰り返した。Difyを使った研修も操作講習ではなく、PBL(Project-Based Learning:課題解決型学習)型のAIエージェント開発として組んだ。狙いは「AIを使える人」を増やすことではなく、「業務を変えられる人」を増やすことにある。

 流れはこうだ。自分の仕事を洗い出してワークフローにし、本当にAI向きか、無理や無駄がないかを精査する。向きそうなものだけを設計に移し、モデルの品質やコスト、実現可否を見たうえでDifyに落とす。最後に定量・定性の効果測定までやって修了となる。

冒頭の「添削AI」も、この流れの中で生まれた。分解と適用判断が成功の分岐点だ、と同氏は語る。

 育成は公募制だ。Microsoft Teams上にあるLION AI Chatのコミュニティ(600~700人規模)から、日常的に生成AIを使っている人を募り、1期あたり約40人を選ぶ。1期は2カ月、2期・3期は2.5カ月。成果が見えにくい段階では、業務時間外でも学びたい意欲のある層から始める、という判断だった。

現場が自走できたのは「放任」ではなく3層の役割分担

 約100人を育てた結果として示された数字は、ツール完成度が平均80%、完成したツールの効率化時間が平均84時間/年、研修満足度が5点満点で4.4点、利用継続率が91%だった。研修(週3時間程度)の後も週1回のフォローを置き、ブラッシュアップを続けているという。

 つまずきどころも率直に語られた。ローコードでも、ワークフロー構築やRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)、プロンプト設計といった生成AI特有のスキルで手が止まる。完成度が高い人は、日常的に生成AIを使い、適用どころを分かったうえで、早い段階で業務フローを整理できているそうだ。

 だから伴走が要る、と同氏は言う。共通部分は基盤化して固有部分は現場開発に渡す。操作研修だけでなく設計レビューと伴走を置き、効果測定と運用設計までを研修の範囲に含める。

 現場任せにもしない。経営が方針と優先領域、共通ルールと投資判断を示し、部門やCoE(Center of Excellence:専門推進組織)といったコーポレート部門である全社IT部門がテーマ選定と標準化、横展開を担う。現場は小さな実装と改善を回す。

 民主化は放任型の市民開発ではなく、この3層の役割分担があるからこそ現場が自走できる、というのが同氏の説明だ。民主化とは「自由化」ではなく「自走できる仕組み化」だ、とも言い換えた。

次の一手は暗黙知の継承、出口は全社BPR

 民主化の次に置いているのが、研究開発の暗黙知をAIに継承することだ。技術知見が属人化し、検索と問い合わせのコストがイノベーションの足を引っ張っていた、と同氏は見る。そこで2024年8月、社内技術情報を自然言語で取り出す「LINK Chat」(LION Innovation Network for Knowledge)をRAGで構築した。従来5~10分かかっていた検索が1件あたり2分未満になり、ファイルを開かずに要約で中身をつかめるようになったという。

 さらに独自モデル「LION LLM」の構築も進む。AWSの生成AIイノベーションセンターの支援を受けて分散学習基盤を内製し、アリババグループが公開するオープンソースのLLM「Qwen 2.5-7B」をベースに、研究報告書や製品処方、品質評価を学習させる。例えば「知覚過敏を抑える成分は何か」と問うと、汎用モデルは一般的な成分にとどまるが、LION LLMは、同社が特許出願した成分まで提示し、回答の具体性・網羅性が従来ツール比で大幅に向上したという。

 出口は、個人の「一人BPR(Business Process Re-engineering:業務改革)」を部門のBPRへ、さらに経営の成果へつなぐことだ。経営主体の全社案件、部門主体の中規模案件、現場主体の小さな案件を並行して回し、効率化で生まれた時間をROIC(投下資本利益率)やEBITDAマージン(利払い前・税引き前・減価償却前利益率)といったアウトカムに結び付ける。創出した時間はお客さまのより良い習慣づくりへ再配分し、それがAI時代に人間の可能性を最大化することだ、というのが講演の着地だった。

 明日から始めるなら大きく構えないことだ、と中林氏は言う。「添削AI」のように頻度が高く、判断基準がはっきりし、効果を測れる小さな仕事から選ぶ。ツールを決める前に現状・課題・期待成果を言葉にし、アプリではなく開発者・利用者・運用者のつながりまで設計する。

 全員をエンジニアにする必要はない。全員がBPRを意識し、AIエージェントをパートナーとして使いこなすことこそが、会社として成果を出す生成AIの活用法だ――同氏はそう講演を締めくくった。

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