【独白・後編】鈴木敏文氏秘話、セブン2度目の危機を救った「オープンイノベーション」…伊藤家に対する誠実さ | ビジネス | 東洋経済オンライン

-
村田 紀敏 セブン&アイ・ホールディングス元社長
INDEX
セブンはなぜここまで成長できたのでしょう。商品開発力や店舗開発力などさまざまな要因がありますが、私は、何といっても独自の「組織」にあると思っています。
セブンを支えた自分で考え行動するフラクタルな組織
一橋大学名誉教授の故・野中郁次郎先生が40周年記念誌に書かれた「セブンはフラクタル(相似形)な組織」という言葉が、まさに核心を突いています。野中先生には当社の社外取締役になっていただき、社内に「経営塾」を作り、何度も議論し、多くのことを教えていただきました。
フラクタルな組織とは、トップの方針を全員が共有し、現場の一人ひとりが自ら考え、自ら決断してチャレンジしていく組織構造のことです。上司から命令されて行うのは作業、それに対し自ら考え実行するのが仕事です。こうした考えを従業員だけでなく、フランチャイズ(FC)の加盟店オーナーにまで浸透させたのです。
それが可能になったのには、セブンの生い立ちが関係しています。経営ノウハウがあると考え、サウスランド社と提携したものの、使えたのは「セブン‐イレブンのマーク」と会計システムくらい。鈴木さんは「しまった」と思ったそうですが、ほかはゼロから作らなければならなかったのです。
アメリカで主流の手法は、言われたことをやる「マニュアル経営」。それに対して鈴木さんが目指したのは、「仮説検証」と「単品管理」でした。「商売の発注権限は小売り(現場)にある」──。アメリカとは正反対なこの考えを、自分たちで試行錯誤して作り出していくしかなかったのです。
鈴木さんは徹底して「質」を追求した経営者でした。そしてフラクタルな組織を通じて、その姿勢を現場にまで浸透させました。メーカーは商品がその企業の何たるかを語ってくれますが、小売業ではそこで働く人たちが体現しないと評価されません。それができたから、セブンはブランドになったのです。
「モノからコトへ」大きく変化する中、持ち株会社を設立
業革で息を吹き返したヨーカ堂でしたが、90年代前半のバブル崩壊以降、業績の低迷が続きました。デフレの中で消費が多様化し、「モノからコトへ」と時代が大きく変化していました。
2003年、ある交渉でトヨタの本社に行った際、オープンしたばかりのショッピングセンター(SC)「イオン熱田SC」に立ち寄りました。このSCは、ヨーカ堂が出店を断念した立地に開発されたものでした。
この記事は有料会員限定です
残り 3321文字
各タグのフォローボタンをクリックしフォローすると、関連する新着記事をメールで受け取ることができます
関連記事
本文の内容に基づいた記事をピックアップしています
村田 紀敏 セブン&アイ・ホールディングス元社長
フォローすると、最新記事をメールでお知らせします。
むらた・のりとし
1944年生まれ。大径鋼管を経て71年イトーヨーカ堂入社。96年から2003年まで販売本部長、03年専務取締役・専務執行役員。05年セブン&アイ・
KioskNews shows a cleaned-up reading view extracted from the publisher’s page — the original always lives on their site, not ours.