光を使って特定の神経細胞の活動を操作する「光遺伝学」を切り開いた3人の研究者がノーベル医学・生理学賞を受賞

© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karlén
スウェーデン・カロリンスカ研究所のノーベル委員会は、アメリカのハワード・ヒューズ医学研究所研究員でスタンフォード大学D.H.チェン教授のカール・ダイセロス氏、ドイツのベルリン・フンボルト大学神経科学ハーティ上級教授のペーター・ヘーゲマン氏、ドイツのヴュルツブルク大学分子植物生理学教授のゲオルク・ナーゲル氏に2026年ノーベル生理学・医学賞を授与すると発表しました。受賞理由は「光で開閉するイオンチャネルと光遺伝学に関する発見」で、3人には賞金1200万スウェーデンクローナ(約1億8900万円)が均等に分配されます。
Press release: Nobel Prize in Physiology or Medicine 2026 - NobelPrize.org
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2026/press-release/
Medicine Nobel awarded for brain ‘switch’ that controls neurons with light | Nature
https://www.nature.com/articles/d41586-026-03091-2
人間の脳では、多数の神経細胞が電気信号をやり取りすることで、記憶や感情、行動などが生み出されています。しかし、ある神経細胞が活動したときに、どのような行動が起こるかを調べるのは簡単ではありませんでした。
特定の神経細胞を取り除く実験では、その影響を調べることはできます。ただし、脳が細胞の失われた状態に適応してしまう可能性があります。そのため、脳を大きく傷つけず、狙った神経細胞だけを好きなタイミングで活動させたり、止めたりする方法が求められていました。
その突破口となったのが、水中に生息する単細胞の緑藻「クラミドモナス」です。クラミドモナスは光を感知して、光源に向かって泳ぐ性質があり、ヘーゲマン氏とナーゲル氏は2000年代初頭、この仕組みに関わる「チャネルロドプシン」というタンパク質を研究しました。

© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karlén
チャネルロドプシンは細胞の表面にあり、青い光を受けると扉のように開きます。すると、電気的な性質を持つイオンが細胞内に流れ込み、細胞の電気的な状態が変わります。さらに研究を進めた結果、チャネルロドプシンの遺伝子を別の種類の細胞に組み込んでも、その細胞を光に反応させられることが分かりました。

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ダイセロス氏らは、この仕組みを神経細胞の操作に利用しました。チャネルロドプシンを作る遺伝子をラットの神経細胞に導入し、2005年には、青い光を当てて神経細胞に電気信号を発生させることに成功しました。さらに2007年には、生きたマウスの脳内でも、光で神経細胞を操作できることを示しました。
この研究が「光遺伝学」と呼ばれる技術につながりました。たとえば、特定の神経細胞に光で操作できるスイッチを取り付け、光を当てたときに何が起こるかを観察することが可能になります。また、異なる色の光に反応するタンパク質も開発され、逆に神経細胞の活動を抑える仕組みも使えるようになりました。さらに、動物の脳に局所的に光を当てられる小型の光源や細い光ファイバーも開発されたことで、比較的自由に行動している動物でも、脳内の特定の神経回路だけを操作する実験が可能になっています。
従来の研究では、ある脳領域が特定の行動時に活動していると分かっても、その活動が本当に行動を引き起こしているかを証明するのは困難でした。光遺伝学なら、狙った神経細胞を意図的に活動させたり、活動を抑えたりして、その直後に行動がどう変わるかを確認できます。このため、脳の活動と行動の関連を観察するだけでなく、両者の因果関係を調べられるようになりました。

© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Ill. Mattias Karlén
光遺伝学は現在、記憶がどのように保存されるのか、睡眠と覚醒がどのように制御されるのか、特定の感情や行動をどの神経回路が担っているのかなど、幅広い研究に使われています。うつ病、統合失調症、アルツハイマー病などに関連する脳の働きを解明するためにも利用されています。
医療への応用も始まっています。網膜色素変性症は、目で光を感知する細胞が失われる病気です。この病気では、光遺伝学を利用して残っている細胞に光への感受性を持たせ、患者の視覚機能を部分的に回復させる研究が進められています。ただし、記事作成時点では光遺伝学は主に研究手法として使われており、幅広い神経疾患を
治療する一般的な医療技術になっているわけではありません。
ノーベル生理学・医学賞委員会のペール・スヴェニングソン委員長は、光遺伝学によって、かつては夢見ることしかできなかった方法で脳を詳しく調べられるようになったと説明しています。
なお、ヘーゲマン氏は受賞発表の直前、知らない人物から『重要な話があるので電話をかけ直してほしい』というメールを受け取ったものの、当初は無視していたとのこと。しかし、記載された電話番号を見て、ヨットで航海した経験からスウェーデンの国番号だと気付き、折り返したところ相手はノーベル委員会だったそうです。電話をかけたのは受賞者の公式発表を数分後に控えたタイミングで、ヘーゲマン氏は受賞を知らされて圧倒されたと振り返っています。
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