中道改革連合はなぜ行き詰まったのか、議員の離合集散を超え野党再生に必須の「政策の結集軸」とは | 政治・経済・投資 | 東洋経済オンライン

INDEX
【編集部注】本稿校了後の9月9日、中道改革連合は、立憲民主党出身と公明党出身の議員がそれぞれ離党する方針を決めた。立民出身者は新党結成、公明出身者は公明党への復帰を目指す。中道改革連合は当面存続し、衆議院では統一会派を組む方針だ。
中道改革連合と立憲民主党、公明党の合流が頓挫した。中道は存在意義を示せないまま、結成直後の総選挙で大敗して勢いを失い、支持率も低迷していた。そうした政党に改めて結集しようというのには、そもそも無理があったようにみえる。
今回の頓挫をめぐる報道では、巨大与党に対抗できる野党勢力がなくなり、与党に対する歯止めや有権者の選択肢が失われる、といった評価が出ている。しかし、有権者の受け止めは「まだやっていたのか」という感覚が一般的ではないか。
いま永田町で何が起きているのか? 「政界の争点」を活写する週刊東洋経済のリレー連載。【金曜日更新】
一部報道では、中道結成の際に、自民党内の反主流勢力からの合流を期待しながら、それが実現しなかったことで、結党時から「詰んでいた」ともされる。そうした動きを察知した高市早苗首相が先手を打って解散・総選挙に踏み切り、大勝にこぎ着けたとも考えられる。いずれにせよ、中道は十分な勝算もないまま発足し、政党として存在感を示すことに失敗した。
その後は、衆参の合流問題のみに関係者の関心が集中していた印象がある。衆議院だけで結成された中道のままでは、参議院の立民や公明と統一行動を取れず、選挙の調整も難しい。それが合流の理由とされてきた。
合流を阻んだ政策の隔たり
とりわけ統一行動を重視する公明にとって、一つの党になる意味は大きかった。しかし、総選挙の比例区では公明系の議員ばかりが当選し、自分たちは割を食ったとの認識がある立民出身者には、党の主導権を握られることへの警戒感もあった。参議院の立民は、政策転換の末に敗北した総選挙の教訓から、自らの政策へのこだわりも強まった。
この記事は有料会員限定です
残り 1581文字
543 記事
関連記事
本文の内容に基づいた記事をピックアップしています
フォローすると、最新記事をメールでお知らせします。
いいお・じゅんJun Iio
1962年生まれ。1992年東京大学大学院修了。博士(法学)。埼玉大学助教授などを経て2000年から現職。専門は政治学、現代日本政治論。
KioskNews shows a cleaned-up reading view extracted from the publisher’s page — the original always lives on their site, not ours.
